いつものように、午前5時ごろ、運動の途中で白雲亭から碓氷川をのぞきこんだ。それから目線を、だんだんと妙義山に上げて来た。
お〜い、うす紫の妙義さん、元気か〜い。碓氷川の水量をどうにかしてくれよ〜。俺はカラ元気だぜ〜。
う〜ん、何か変だな。いつもの景色にザワザワ感と変な動きがある。
このところ、「漢詩歳時記」という本の、春の(一)、春の(二)、夏、秋(一)、秋(二)、冬と、千何百首をコロナのお陰さまで読めちゃった。一生積んどくはずの本だったのに。
そんなことで、俺の脳味噌と目が自粛疲れをおこしちゃったかな。それとも単純に俺の目が三分の一オネンネかな。
イヤイヤ、たしかに、新中瀬大橋のたもとに不審な動きをするものがある。
あれは、薄茶色のオオワシの、95センチ級だ。その鳥が、ふつうでは考えられない、不自然な、とても小さい回転を繰り返している。
もしかして、釣り糸でもオオワシの足にからんで取れないで必死にもがいているのだろうか。
それともオオワシが何かをつかみ取ろうとしているのか。
俺は勝手に「オオワシ」といっている。
が、そんな鳥が碓氷川にいるのだろうか?
俺はいくじなしのくせに、変に正義感が湧いてきた。1・5キロメートルくらいの距離があるのに、脳味噌と足はオオワシへ向かって歩きだしていた。
途中、よく会う犬の散歩のおじさんに会って「おはようございます」とお互いに挨拶をした。犬の散歩のおじさんが
「あれ、いつものコースと違いますねエ。」
「エェ、いつもの景色と違う所を歩ってみようと思って」
「そうですよね。気分転換になりますよね。」
へえ、この時間には、こんな道を歩いている人なんだ、と思った。
むかし、白戸さんとバンブーロッドにする竹を取りにきた竹藪を通りすぎて、狭い、細い道を下って行く。
そして太い道に出た。
うん、あれ、前方20メートルの野原の、2メートルくらい上空を、風を受けて見えたり、見えなかったり。
さっきまでの俺の正義感と、体からあふれでる汗が一挙に凍りついた。
なんと、オオワシの案山子だった。
俺の脳味噌は
「ズルイよ、案山子って。案山子は一本足で、へのへのもへ字で麦藁帽子をかぶって、両手の先から30センチぐらいのキンキラ細いテープが光っていなくちゃ。そして土の中に足がしっかりとめり込んでなくちゃ。風を切って大空を舞う案山子なんてさ。」
俺の小さな脳味噌からすると想定外だ。
ダマサレタ。
体全体から恥ずかしいが力が抜けていくのが分かる。
ちょっとベンカイしていいですか。だってさっき白雲亭から目を凝らしている時に、白鷺が見たことのないようなこまわりを、5回も6回も俺の頭上で舞っていた。
詐欺師じゃなくって鷺まで騙した。
オオワシの案山子、凧? にアッパレだ。
ほんとに1メートルぐらい、翼から翼まである感じだ。よし午後はまたここにきて、オオワシを捕まえることはできないがデジカメで撮ってやるぞ。
オオワシの凧? にすっかり騙された。でも何だかわからないがとても気分が爽快だ。
午後になって、そうだ、今度は歩きではなく、車で案山子のいるあま沼までいってみよう。せっかく行くのなら狭い道の方からいこうか。
まだ鮎が解禁になっていないのでどうかと、あえて通って見た。途中から道が狭いし草や枝などがあり、やはり危ない感じがした。
着いてみると、上州漁協松井田支部の皆さんがいた。自分がお手伝いしていたころから比べると人数が半分以下になってしまったようだが、ガンバッテいるようだ。
石がごろごろしていた河原を機械を使って整地してあり、おおげさにいって車100台はOKぐらい駐められそうだ。
遠くの方から、2人が歩いて私に近づいて来た。どうもと挨拶をして、日焼けした顔を見ると、サングラスと帽子をかぶった小板橋さんだ。私より2つ先輩だ。
「なんだや、今日は。」
「じつは新中瀬大橋のたもとで朝、しっかりオオワシに騙されてしまった。もしかして鮎を放流したのかな、と見に来たんですよ。」
「御苦労さん、ここにあと2匹も舞っているだろう。」
「え〜。ほんとだ。」
「これは、ワザワザ新潟まで行って買って来たんだぜ。」
「私は白雲亭から見たんですけどね。すかりやられちゃったですよ。」
「試しにとりつけてみたんだけど、人間が騙されちゃったかい。」
「なんとなく動きが妙だし、回転が小さくてアレーっていう感覚はあったんですけど、騙されました。」
「あれはね、竿を真直ぐにたてると糸がからんじゃうんだよ。だから微妙に角度を付けるのがコツかな。でも風が吹かなければタダの役立ずさ。」
と2人で笑う。
「ちょっと写真撮ってもいいですか。」
「かまわねいよ。オメンチは鮎の日釣券はやっているんきゃー。」
「フライ屋ですけど、(声を小さく)鮎もちょっと扱っています。」
「それじぁー、なにかの時にアンクルサムに行けば鮎の日釣券を扱っているよと紹介してやるよ。」
「いいです、いいです、碓氷川のためにこんなに色々努力してくれているんですから。」
「いやあ、俺なんかもその方が助かるんだよ。」
と云ってくれた。
「今年の鮎は、上州漁協の管轄でも、松井田地区のあま沼が一番いいと聞いていますよ。」
「今日も午前中に5人が草刈りに、俺たちは午後に2人で草刈りさ。もうちょっとして午後4時ごろになれば鮎が餌を喰い始めるから、イッパイいるのが分かるよ、でも俺たちもそれまでには帰ってしまうけどね。」
「どうも草刈り御苦労さまでした。それから今年は鮎のおとりを碓氷川に伏せて売るそうですね。
「それが1番だんベー。」
「そうですよね。おとりは元気が命ですよね。」
上州漁協の鮎の解禁は6月13日(土曜日)です。
帰りは太い道路で妙義山美術館のほうから帰って来た。