
地元の若いフライマンがお店に来て、やはりお店のお客さんの70歳を越えたフライマンと今週、地元の渓流に一緒に出かけると話してくれた。70歳を越えたフライマンは妙義山などで遭難があったりすると、今でも応援してくれませんかと要請があったりするそうだ。
地元とはいえ自分の知らない渓流に連れて行ってもらえると思うと、何だか不安半分、楽しみ半分という感じだろう。若いフライマンがウキウキしている様子がヒシヒシと感じられた。
次の日、70歳を越えたフライマンがお店にやって来て、今週中に若いフライマンと渓流に行くことになっているんだ。なにかあるといけないから、私の予備のヘルメットをかぶってもらおうかなと思っているんです。それにザイルももって行こうと思っているんです。は〜ん、若いフライマンが不安半分だった理由が何だか見えて来たような気がした。
70歳を越えているが、行動力や身のこなしは若い人も置いて行かれるぐらい半端じゃない。勢いをいつも感じさせてくれる。今日はフライフックを買いに来て、ヤル気満々だ。
「小板橋さん、若者と一緒に釣りに行くようになってから、釣った魚を逃すようになりましたよ。この年になって初めてです。何だかとてもいい気分ですよね。」
「それは良かったですね。でも釣った魚で晩酌するのをいつも楽しみにしているのでしょう。なにごとも無理はいけませんから、釣った魚の一匹は晩酌用にして、後の魚は逃がしてやることにしたらどうですか。だって高い年券を買ってもらっているんだから」
「ええ、でも若いフライマンにいいことを教わりました」
年齢は離れているのだが、気のあったコンビって感じだ。
午後、東京の姉から電話があった。
「今まで東京の花火大会を見に来たことはないよね。今日は天気が大丈夫そうだから、これから花火大会を見に来ない。ただし家族に誕生日会をする人がいるので二晩泊まることになるのが条件だけどね」
もしかするとあのコンビがお店に寄ってくれるかもしれない。ん〜いいや、行っちゃえ病が出てしまいました。お客様ごめんなさい。じゃこれから出かけます。
あのバンブーロッドを今年も使ってくれているかな

午後7時30分から花火大会が始るので、それより1時間は早く着かないといけない。あわてて、たわらやさんで味噌饅頭を一箱買って、松井田駅に駆けこんだ。すると小学生が何人も浴衣姿で電車を待っていた。その日は高崎市の花火大会で、高崎駅に着くと先生方の放送が、早めに切符を買うかチャージして下さいと、セミの鳴き声みたいにうるさかった。
東京のとある駅に着くと、もう歩行者天国になっていた。田舎は小学生が浴衣を着ていることが多いが、東京では男も女も若い人たちが浴衣姿で道路に大勢いる。田舎の子供たの浴衣はかわいらしかったが、東京の若い人たちの浴衣姿は田舎者にはナマナマしすぎるように感じた。
姉が「今日は皆で外食にしましょう」と言って、みんなで家からゆったりぶらぶら歩きながら花火会場に向かった。私が来た時の駅の雰囲気と違い、人の波、また波という感じで(ワオ―)と頭の中で叫ぶ田舎者がいた。中華のお店に入り、男たちは皆ビールの中ジョッキを注文したが、姉が私に「中ジョッキなんか飲めないでしょ、小にして下さい」と言ってくれた。
私はアルコールが弱いのだが、ここに来るまでの人の熱気と雰囲気にもう飲まれていたようだ。結局お店を出た時には、私が一番飲んだような真っ赤な顔をしていたようだ。ドンーンと下腹に響く重量感あふれる音と、花火が目一杯開いてパラパラと音をたてて消えて行くところが、ビルの間に見えた。花火大会がいい感じで始まっていた。
姉の言うには、予約席をとると、帰りが何時になるか分からなくなるほど時間がかかる。この橋から見れば充分花火は見える。ただ、ナイヤガラの滝が見えないぐらいだから、と話していた。私は大きい橋の欄干に何とか自分の場所を確保した。ボカンー、ドカンー、と次から次へ花火が真っ暗な夜空に黄色やオレンジや紫色の大輪の花をきれいに咲かせては、パラパラと音をたては散っていく。

東京の花火は田舎の花火と違って、スポンサーが全国区のようで迫力が違いすぎる。田舎の花火の方は変に間があいて、どうしたのかなと思っていると、思いだしたように次の花火が上がる。私には田舎の花火大会の方が、心が落ち着く感覚がした。
私の心の中には、もう一つささやかな楽しみがある。おかげさまでお店のバンブーロッドも東京のフライマンの人にだいぶ買って貰っているので、この辺だとだれだれさんが群馬の田舎の私のお店にわざわざバンブーロッドを買いに来てくれたなと、思いを馳せることができる。
もしかして、私の前か後ろでだれだれさんも同じ花火を見上げているかもしれない。あのバンブーロッドを今年も使ってくれているかな、なんて思ってウキウキごころの私だ。帰り際、若いカップルの女の人が、最近の花火は進化しているのね、と言いいながら通り過ぎていった。

私のお店の何カ月か分のお客さん
次の日、アメリカ資本の大きいお店へ、ケーキを買いに連れて行ってもらった。埼玉県のお店まで車で40分ぐらいを高速道路で行った。混む時は高速道路の出入り口から車の渋滞があるそうだ。早く着いたのにお店の前は人の行列だ。並ぶのは若い人に任せて、私と姉はベンチに座り待つことにした。皆ここのお店の会員だそうだ。私のお店の何カ月か分のお客さんの数だ。これじゃー、資本も相当かかるだろうがすぐ御殿が何件も建っちゃうな。
買い物を入れる、正しくはなんていうのか知らないが、カート? でかいアメリカ人には似合うが日本人には変な感覚。品物は全部業務用らしい。

ケーキコーナーに行くと、ケーキがデカイ四角型である。私は生れてこの方、誕生日のケーキといえば丸型である。はっきりいって、丸型しか知らない。やっぱり田舎者なのか? それに厚みもある。絵なども単純で色がどぎつい、しかしケーキを切る時は丸型よりけんかにならないのではないか。味は日本もアメリカも変わらず美味しかった。
おかげさまで花火もケーキもみせてもらえて、私の脳みそも少しは花火に負けず進化しただろうか? お客さんに申し訳ないなと思いながら(ほんとです)家に帰ると、もう午後7時を回っていた。
これ、デカイじゃんこのイワナ
やれやれと荷物を置いて一息つく間もなく、「こんばんは」。あれ、いつも聞く声だ。若いフライマンだ。
「小板橋さんどこへ行っていたのですか」
「二日もわり〜わり〜。花火大会を東京まで見に行っててさ、今帰って来たんだけど今まで待っていてくれたわけ」
「そんな訳ないですよ、たまたまです」
「わり〜わり〜」
「これ、デカイじゃんこのイワナ」
「32pあります。70歳のフライマンに写真をとってもらいました」
「するとこの間の話の」
「ええ。行ってきました」
「地元の川にもヤッパリいるんだね」
「ええ。私もその川は何回か行っていますが、さすが登山をやっている人なので、私の行ったことがない所に連れて行って貰いました。ザイルなど初めて使うのでとても腕が痛かったです」
若いフライマンは、若い太い右腕を力を入れて、筋肉をモリモリと見せてくれた。
「そんな筋肉でも大変だったかい」
「必死でしたよ」
「どんなフライに出た」
「#12のアントです」
「それはフライが良く見えて楽しかったでしょう」
「一発で出ましたよ、デッケー!って大きい声を張り上げていましたよ」
「バンブーロッドを使ったの」
「使いませんよ。グラスロッドです」
「もしかしてバンブーロッドだと折っちゃうかもしれないと思ってグラスロッドを持って行ったの」
「そんなことはありませんよ、グラスロッドでもバンブーロッド感覚で楽しめます。思ったより空も開けていました。川幅はこのお店の、半分ぐらいの幅がありましたよ」
魚釣りは最終的には一人だもんな
「このイワナを釣ったとき、70歳のフライマンはどこにいたの」
「3メートルぐらい後で見ていました」
「ヘー、ビックリしていたげだった?(びっくりしていた様子でしたか?)」
「ビックリしていました。テンカラで31cmは釣ったことがあるけどと、言っていた。負けたなといっていた」
「70歳さんに釣らせてあげればよかったのに」
「小板橋さん、何回もいいポイントを先に譲っていますよ」
「そうかそうか、えらい。後は運とタイミングだよな。あれイワナが随分映えると思ったら安中ネットさんのランデイングネットじゃないか、良いね」
「私も魚釣りでほかの人に写真を撮ってもらうのは初めてです」
「そうだよな、魚釣りは最終的には一人だもんな。ずいぶんきれいな尾っぽで気持ちがいいね。もしかすると普通の釣り人はなかなか入らないところだから、イワナも人間に釣られたのは、初めてかもしれないよ?」
若いフライマンはうれししそうに、
「そうですか??」
「ところでヒルは大丈夫だった? 70歳のフライマンも嫌がっていたけど」
若いフライマンが自分の顎を少し上げて
「ここを喰われちゃった」
と、右の人差し指で喰われた所を見せてくれた。小さい赤いキスマークがついていた。
「すぐ取れなかったんじゃない」
「すぐポロと落ちましたよ、多分もう全開で血をすった後じゃないかな」
「引っ張ってもはなさないというからね。70歳さんは大丈夫だった」
「手袋の隙間にキスマークがついてしまったと言っていましたよ」
あんなにヒルをいやがっていたのに、結局2人ともキスマークをつけられた。尺イワナの顔を見せてもらう交換条件だったのかな。やはり尺イワナのいる所は自然も並大抵の所には潜んでいないな。
「ところで70歳さんは釣れましたか」
「3匹釣れました」
「それは良かった」
「小板橋さん、あの尺イワナを釣ったフライをいくつか70歳さんに上げましたので、明日にでもマテリアルを小板橋さんのお店に買いに来るかもしれませんよ」
「わりいな、お店の、営業させちゃって」
次の日の午後、お店の前に自転車を止める70歳さんの姿が、ガラス越しに見えた。

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小板橋伸俊(アンクルサム/群馬県安中市松井田町)
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