「ノブちゃん、お客さんだ」
エ〜と、右側を振り向くと、私の車の後ろに軽のミニバンのシルバー色が停まった。フライマンの車ではないなと思っていたら、車から降りて私のお店に行こうとしている。あ〜、70歳さん=i愛称)だ。
せっかく見せようと思って寄ったのに
こっち、こっちと私が声をかけて呼びとめた。70歳さんが「あれ〜」とこちらを振り向いて、「小板橋さんどうしたのですか」と近づいて来た。「これから妙義山の〈カナル山の家〉に隣組の班長の引き継ぎと親睦会で、10軒分の人を連れて行かなくちゃならないんですよ。私が班長で幹事なのです」
もう午後5時40分を過ぎているのに、3月中旬で大分明るくなっていた。

ヨレヨレのハットをかぶったままの70歳さんに、なんだか高揚感が漂っている。力強い感覚が体全体から滲み出ている。「どうしたのですか」「小板橋さん、尺物のイワナを釣ちゃったんですよ」。
へー凄いじゃないですか。いつですか? 今日です。どこの川ですか? あ〜、そこの川ですか。
「小板橋さん、一番大きかったから尺物のイワナを持って来ちゃった」
私は、あ〜あ〜、と苦笑いを浮かべてしまったかもしれない。
すると70歳さんが「小板橋さん、15cmと25cmはにがしてやりましたよ」といった。私の口からは、えらいえらいではなくて、「ありがとうございます」と言葉が出ていた。70歳さんはフライフィシングを始めてから、若いフライマンに釣った魚をキャッチ&リリースすることを教えてもらった。イワナの15cmと25cmをにがしてくれたとは、精神的にゆとりを持てるようになってくれたのだろう。年下の私がいうのも大変失礼な話だが嬉しい話だ。
なんで釣った? ウエット。すごいじゃないですか。何番? 12番。
「これから幹事なので行かなければならないので」と、可哀想だけど言うと、「小板橋さん、せっかく見せようと思ってお店に寄ったのだからぜひ見て下さい」。分かりました。ちょっと待ってね。すいません、お客さんが尺物のイワナをフライで釣って来たので、チョット見せてもらうので、少し待ってて下さい。
「ノブちゃんあわてなくて良いからじっくり見てこいや」、と隣組の人から声がかかった。すいません。
すると70歳さんがミニバンの後を開けて、無雑作に白色の中間ぐらいのビニール袋をぎゅと右手で持ち、私に「どうですか!」といわんばかりに、イワナの顔から少し下の方まで見せてくれた。
へー、3月中旬なのにいい体格をしてますね。有難うございました。今日はほんとに時間がなくてすいません。また後でイワナの写真でも見せて下さい。それにお話もたっぷり聴かせて下さい。
と言うと、さっきまでの高揚感は70歳さんから不思議と消えていた。
釣ったばかりの魚を私に見せてあげたいという気持ちが強かったのではないかと、推測する私だった。70歳さんは軽のミニバンに乗り込んで、「皆さん、待たせてすいませんでした」といって頭を下げながら、でも、とても満足という顔をして帰って行った。
もう1本いいだんベ〜
妙義山に向かう車中では、隣組の、アユ釣り60年70年の大ベテランさんたちにフライフィッシングの話をしてもどうなることやら、と思っていたら、さすが釣りの大ベテランだ。渓流のイワナ釣りの話で大盛り上がりで、アユ釣りのことは一言も出なかった。ヤッパリ皆釣りが大好きなんだな。
カナル山の家で宴会が始まった。幾日か前に隣組の小母さんが、「ノブちゃん、あそこはお肉が専門のお店じゃなかったっけ」と言いにきた。多分私はそんなことを心配して聞きに来る人がいるだろうなと踏んでいたら、ヤッパリ年寄りには肉は噛み切れないと心配していたようだ。
私は言った。「高い良質のお肉が一人前づつ出てきたら皆で貯金していたお金ではとうていたりないし、ジュース1本もつかないと思いますよ。だから肉は出ませんが、ほかには色々出ますから任せておいて下さい。
「ノブちゃん、それならいいんだけど」
と帰って行った。

私は酒のみではない。お酒はビールと焼酎と、女性軍にはジュースかウーロン茶でOKだと思っていたら、「ノブちゃん、90歳さん≠ェお燗で飲みたいって」。女性軍も「ホットのウーロン茶がいい」と言いだした。そうだ、今はさむ〜い冬だもんな。酒を飲まない人間はそうか冬だということを忘れていた。
私は一番若い60歳で、焼酎を飲むのは70歳・80歳・90歳代のお年寄り4人だ。焼酎は1本は開かないだろうと踏んでいたら1時間もしない内に、「ノブちゃん、焼酎もう1本いいだんベ〜」。
ほんとだったらその時点でアウトだったが、そんな事もあるかと思い予算を取っておいたからよかった。ぴったんこ1円も残らず清算できた。隣組の皆さんから「ノブちゃん、ほんとにお金間に合ったのか。オーバーしたのではないか」と心配してもらえるぐらい、気持ちよく飲んで食べてくれたようだ。
田舎の70歳・80歳・90歳恐るべし。
魚がピンピン跳ねちゃってさ
次の日、70歳さん≠ェ昨日のイワナの写真を2枚持って来てくれた。
「碓氷川でヤマメが1匹しか釣れなかったんだ」
「そうそう大雪で放流日がなから後になってしまったんですよね。その日は私も中瀬橋の上からちょこっと見ていましたよ。焚火を囲んでいるエサ釣り師さんたちは皆顔なじみでしたが、70歳さんがそこにいたとは分からなかったです」
そこで70歳さんは某渓流に切り替えて午後から4時間ぐらい行き、良い思いができたのだという。
「小板橋さん、私が行った渓流は、まだ雪が私の股まで残っていましてね」
「そんな凄いところへ、1人で70歳なのに4時間も良く行ってきましたね」
何かあったらどうしようと思う感覚はあるのだろうが、その凄さを楽しんでいるようで私には到底まねできない。
写真のイワナの尾ひれに枯葉が乗っかっていたので、
「写真がもったいなかったですね」
と言うと、
「魚がピンピン跳ねちゃってさ、それどころではなかったんだぜ」

もう1枚の写真を見ると、
「あれ、あれ70歳さんこれウエットじゃーなくってニンフじゃないんですか?」
「あーそうそう。ニンフだった」
あ〜ん、それだけ興奮していたということか。
「すぐ掛かったんですか?」
「5回ぐらいニンフを流したらヒットしたよ。竿先が物凄くまがっちゃってさ、これはデカイとすぐ感じて興奮したよ」
「どんな竿で釣ったんですか? ワカサギ釣り用の竿でフライフイッシング用に自分で改良してね」
???
「どんな竿だか後で持って来て見せてくれますか」
「ああいいよ」
それから70歳さんは、いつもの自転車でお店を後にした。70歳さんはよく脳味噌を使い手先を動かし運動も怠らない。いつもボ〜としている自分が恥ずかしい。
年なんか聞くなよ〜
とある展示会で、年輩者の1人に声をかけられた。
「私は色々な物を作るのが好きでね」
と、イキナリ写真を私に見せた。お城の写真で吉井のお城と信長の安土城。へぇ〜すげぇ〜マイッチャッタな。長野県の佐久にある三重の塔を五重の塔にしちゃったんだけどね。その方、─Aさんは言った。
あ、ゼロ戦だ。すいません、これゼロ戦ですか?
「そうです。安中の宗台山からとりました」
見れば模型だとすぐ分かるが、あのゼロ戦が現在の地元に現れたらこんな感じで飛行するのではないか?と脳が勝手に妄想していた。

「どうやってゼロ戦を飛ばしたのですか?」
「飛ばしたのではなく、景色に合わせて、家に帰って針金を切って来て、木と木に針金を通して、その上にゼロ戦を乗せた」
言われて見ないと分からないぐらい。いい感じで飛行している。
その日初めて会ったのに、すいません現物を見せていただくことはできますか? いいよ。
と、ご自宅にいく地図と電話番号を教えてもらった。次の日にはもうAさん宅を訪ねていた。
「早いね」
庭の手入れをしていた。イキナリ、「あっちに見える田んぼのむこうの家は俺が建てた家だよ」
「大工さんですか」
「そうさ、一級建築士の資格も持っているよ。…裏に回ってくれるかい。ゼロ戦はこれだよ」
「ああ、ずいぶん大きいんですね」
「車輪は障子の戸車を使っているんだよ」
「不自然に見えないですよ」
「ゼロ戦の前の所は小さい鍋の底をつかっているんだぜ」
「は〜、すごいです。あ、お城はこれですね」
「石垣はタオルで作ったんだよ。三重の塔より五重の塔の方が迫力があるだろう」



その他にも多趣味な方だった。
「石や書もやるよ。山登りなら地元の山はどんな小さい山も全部登ったよ」
「へぇ〜、すいません、お歳はお幾つですか?」
「80歳だよ。年なんか聞くなよ、年なんか関係ないよ、楽しめればいいじゃないか」
「いや、凄すぎてつい聞いてしまいました。すいません」
Aさんにお礼を言って、お店に帰った。
すると30分もしない内に「こんちわ〜」と、さっきのAさんが私のお店を訪ねて来た。
「すごいねえ〜」と色々見て行ってくれた。
でも後のお楽しみに、奥のバンブーロッド・コーナーは見せなかった。次に来たときに、また話が盛り上がるようにと思った。
元ワカサギ竿のフライロッド
70歳さんがワカサギの竿を改良してフライロッドにした竿を見せに来てくれた。
「けっこう長いじゃないですか。1メートル80センチくらいありますね。ガイドにラインが通りづらくないですか?」
「だからガイドの中のリングを全部外したんだ」

ラインが通りやすいようにしたんだよと、図面まで書いてくれた。「フックキーパーまでつけちゃった」。



このケースは水道管ですか。そうそう。
70歳さんはお店の中を見回して言った。
「小板橋さん、この写真のイワナはずいぶんデカイですね」
やはり自分のイワナより大きいのは、気になるようだ。
「そうですね。この釣り人は女性なんですよ」
「ヘー、女かい」
「このイワナは40cm以上ありますよ。それも白戸さんのバンブーロッドなんです。グリップに籐が巻いてあるでしょう」
「うん」
「この大イワナはリリースして来たそうですよ」
彼女がどうせエサ釣りの人に今頃は釣られているかも知れない、と言っていたことを私は思い出した。頭の良い70歳さんだから、今度40cm以上の魚を釣ったらリリースしてくれるといいんだけどな。
漢詩の先生は80歳で
わたしは漢詩の教室へ通い始めて、もうすぐ一年になる。
漢詩の先生は80歳だがとても元気だ。昔の言葉でも最近の言葉でも、よどみなくすらすら口から出て来る。やはり持っているものが違うようで、凄みを感じる。
田舎の70歳さん、80歳さんは、なんでもまず考えついたら自分の手先を動かして、身近にある物の中から欲しい物を作りだす。その能力と精神と体力は、私からすれば参りましたと言うしかない。
ちなみに、70歳さんにはダブルハンドロッド1本とライン2本とリール2台を、アンクルサムで新品を買っていただいています。そのダブルハンドロッドを使って、犀川で大きい魚を釣り上げています。
・・・・・
小板橋伸俊(アンクルサム/群馬県安中市松井田町)
※「マルタの雑誌」は季刊『フライの雑誌』読者が対象のweb投稿企画です。
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posted by furainozasshi at 10:42|
中山道の釣り旅