富岡の一番長い日
富岡市内を車で運転中。富岡製糸場あたりの上空を、ヘリが一機、低空飛行で何度も転回している。今日の富岡市は、長い、長い一日になるのではないか? 今日は富岡製糸場世界遺産登録決定の日だ。
私は富岡漢詩会に参加するために富岡へ来ている。90人近くの生徒が漢詩を勉強している。1ヶ月に1回、その90人近くの生徒が、1人1人自作の漢詩を皆の前で起立して声を出して、読む。富岡市公民館の3階が教室で、毎回入り切れないほどにパンパンだ。
メインの講師は84歳の先生で、その他に8人の審査の先生が目を光らせている。1人が読み上げてから、講師が漢字の間違いや、読み方の間違いをみんなの前で指摘する。それだけでなく、生徒さんからも、ここが間違っていると指摘される。
頭を刈れるのも毛がある内
外は物凄い大雨だ。午前中の天気は大丈夫だったのに。漢詩会まではまだ少し時間があったので、富岡製糸場まで歩いてみようと思った。富岡駅の前を通ると、高校生らしきお富さんが2人ニコニコしている。私と一緒に写真をとらせてくれますかと聞くとOKですと言ってくれて、若い袴姿の高校生と写真に納まる。私の鼻の下が・・・。上州人のおもてなしの心が若さではじけ飛んだ。富岡製糸場の世界遺産登録に花を添えているようで、私の心もとても華やいだ。
お店を開けなきゃ、でも提灯行列を見たい
いけね、漢詩会の時間に遅れてしまう。富岡市公民館へ駆けこむと、すでに90人の漢詩の生徒たちの人いきれでざわついていた。これから小心者の心臓がドカンドカンと花火のように鼓動する、長い時間の幕開けだ。午後4時すぎ、薄暗く大粒の雨が窓を叩く。各自の自作詩の朗読が終わり、名詩鑑賞が終わり、それから漢詩の勉強へと進む。
いよいよ6000人が動き出す
午後6時になり外を見ると、車も増えてきた。まだ早いが私も出かけるかと傘をさし、集合場所の小学校に向かう。途中でも、雨の中色々工夫を凝らした物を手に持った人々が、傘をさし浴衣を着て、ハッピをまとい、どこからかぞろぞろ雨にも負けず人が会場に歩を向けている。
新聞の関係者が「富岡製糸場 世界遺産登録決定」の号外をハッピ姿で配っていた。これから提灯行列が始まるという、その寸前に雨粒が落ちてこなくなっていた。群馬テレビの女性アナウンサーが澄んだ声で、「皆さん気を付けて、行ってらっしゃい」と6000人を送りだした。
行列の最後尾だから、製糸場の中には入れないだろうと覚悟していたら、あれよ、あれよという間に中庭へ入れた。
拍手、拍手、拍手の渦
西側の繭倉庫の前にでかいステージがあって、天井はテントになっていた。「富岡製糸場と絹産業遺産群」と書いてある看板の下にドーンと大きい、ゴールドのくす玉がある。行列ではドンジリだったが、気がついたら6000人の人波を掻き分け、掻き分け、さらに掻き分け、気がついたらいちばん前の方に来ていた。
ステージに5人、富岡の観光大使の団しんや、深谷の市長、安中の市長、小淵優子衆議院議員、富岡市長が壇上に上がった。私の母親の実家は運送業を営んでいたが、母親の言い方を借りれば、団しんやさんのお父さんはそこの番頭をしていたのだそうだ。
ゆるキャラが紹介された。最初に「まゆーゆ」。次に「お富ちゃん」、大拍手。白い繭の頭に緑色の桑の葉、オカイコ様がピュ―とシルクを吐き出している。ものすごい拍手が鳴りやまなかった。
いよいよくす玉が割れた。「祝・世界遺産登録」の黒字が勢いよく舞い降りた。その周りを朱、青、ピンク、白、黄色の長いテープがはじけ飛んで舞った。拍手、拍手、拍手の渦だ。南の夜空にドカン、ドカンと大輪の花火が打ち上がり、またまた盛り上がった。まゆーゆやお富さんたちもステージから降りて来て、子供たちにサービスしていた。まゆーゆのピューと伸びるシルクが子どもに大人気で、あれではすぐ壊されてしまいそうだ。
駐車場に戻ると、もう午後9時を回っていた。道路を挟んで北側が安中市の火葬場で、南側が富岡市の火葬場だ。目の前は濃い霧で何も見えない。何か出てきたらどうしよう。車に、頼むから5分は故障しないでくれと願った。今日の私の長い、長い一日は、まるでジェトコースターに乗っている気分だった。緊張したり、感激したり、さいごには恐怖も味わえた。
追記と写真
製糸場の技術指導員だったポール・ブリュナは、ホームシックにかからなかった。その訳は、実は住居の部屋から見える、鏑川越しの素晴しい景色がフランスの自分の故郷によく似ているためだったといわれています。
富岡製糸場構内を観光客が見学できるのは、ほんの数パーセントにすぎない。そこで、世界遺産になる前に撮影しておいた、とっておきの写真を何枚かお見せしましょう。
私のお店から車で5分のところに、碓氷製糸という会社がある。そこでは、富岡製糸とほぼ同時期に入れた日産織機が、今も現役で動いている。見学にはアポイントが必要だが、富岡製糸と同じ機械が動いている姿と、そこから生まれる白いつやのあるシルクを見ることができる。感動ものです。
わたしは釣り具屋ですからうまく説明できませんが、ヤマメの尺物の剥製もいいが、やはり渓流でヤマメの尺物を釣り、リリースする時の躍動感はもっといいというところでしょうか。
どうも地元の者ですから、力が入っちゃって、ごめんなさい。
小板橋伸俊(アンクルサム/群馬県安中市松井田町)
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